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東京地方裁判所 平成元年(ワ)4775号 判決

原告 三浦和義

被告 株式会社スポーツニッポン新聞東京本社

右代表者代表取締役 牧内節男

右訴訟代理人弁護士 山分榮

右訴訟復代理人弁護士 茂木洋

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一〇月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、朝日新聞東京本社版紙上に、別紙記載の謝罪広告を、一八行二段組として、案内広告料金表(昭和六三年三月一日付けのもの)B区分の広告規定に基づき、二八字一八行のスペースで相応の大きさの活字を用いて一回掲載せよ。

二  被告は原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一〇月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

被告は、日刊新聞の発行及び販売等を目的とする株式会社であるが、その編集、発行にかかる「スポーツニッポン」(昭和六三年一〇月二一日付け紙面)に、「緊急連載、ロス疑惑、本件突入」「欧州逃避行中に、車であわや、私たちは殺されかけた」との見出しのもとに、別紙(一)の内容の記事(以下「本件記事」という。)を掲載した。

二  争点

1  本件記事は、一般読者をして、原告がその妻、甲野花子と称する良枝の義母らを殺そうとしたと思わせるものであり、また、原告がイギリス滞在中、散弾銃を所持していたというものであり、その内容はほとんど虚偽の事実であって、原告の社会的評価を低下させるものか。したがって、本件記事を掲載したことは、原告の名誉を毀損するか否か。

2  仮に本件記事が原告の名誉を毀損するとしても、違法性阻却事由の存在によりその違法性は阻却されるか否か。

すなわち、原告は、当時、いわゆる「ロス疑惑」といわれた事件で逮捕される等してマスコミに報道されていたが、それは広く国民に夫婦、家族のあり方等を考えさせる事件であり、本件記事は、そのような状況のもとで、右義母の話に基づき、夫婦、家族のあり方、愛情などを考え、論議するために提供されたもので、加えて、崖の上でエンジンの空ぶかしをするという、場合により過失の責任も問われるような事実を報道したものであり、したがって、公共の利害に関する事実にかかり、専ら公益を図る目的に出たものであるか否か。また、本件記事の内容は、被告の記者中野信行が義母に取材した経緯などからみて真実であり、仮にそうでないとしても真実であると信じたことには相当の理由があるか否か。

第三争点に対する判断

一  名誉毀損の成否

1(一)  本件記事の内容は、本文を精読すると、原告は、昭和五九年四月二〇日、当時原告の妻であった三浦良枝、その義母、原告の長男の三浦太郎[仮名]、長女三浦春子[仮名]とともにイギリスに渡り、ロンドン郊外のコテージを借りて生活していたが、その間、義母が原告に殺されるのではないかという恐怖心を抱く出来事があったこと、その出来事とは、原告が家族とともにドライブに出かけ、人里離れた絶壁に車を止めて自分だけ車から降り、ドア越しにアクセルを数度もふかしたというもので、その際、車に乗っていた良枝や義母はギアが入れば、車は絶壁から落ちてしまうのではないかという恐怖心を抱いたことを骨子とし、なお、原告が散弾銃を携帯し、前記コテージの近くですずめを撃ったなどとしているが、原告が何故断崖絶壁の上でアクセルをふかしたのかの点については不明であるとしている(〈証拠略〉)。

(二)  本件記事がスポーツニッポンに掲載された後、小学館はその発行、編集にかかる「女性セブン」(昭和六三年一一月一〇日号)において、別紙(二)のとおり「衝撃、新秘話!三浦和義が良枝さんも『殺そうと誘った』戦慄報道」とその表紙に刷り込むとともに、「良枝さんも殺そうと誘った英国の断崖絶壁の戦慄報道」との見出しのもとに、別紙(三)の内容の記事(以下「件外記事」という。)を掲載したが、その内容を見ると、本文中の《 》の部分はいずれも、本件記事をそのまま引用している(〈証拠略〉)。

(三)  ところで、原告は、輸入雑貨品等の販売等を目的とする株式会社の代表取締役であった(弁論の全趣旨)が、昭和六〇年一〇月三日、ロスアンゼルスにおいてかつて原告の妻であった三浦一美(以下「一美」という。)の殺害を図ったとして殺人未遂罪で起訴され、同六二年八月七日東京地方裁判所において有罪判決を受け、本件記事の掲載当時は控訴中であり、また、本件記事の掲載日の前日である同六三年一〇月二〇日には一美を殺害した容疑により逮捕されたものである(弁論の全趣旨、〈証拠略〉)。

原告は、一美殺人未遂事件及び同殺人既遂事件に関する疑惑のため、同五九年ころから、マスコミにより大きく取り上げられるようになり、右疑惑は「ロス疑惑」と呼ばれて、社会の関心を集めていた(〈証拠略〉)。

2(一)  本件記事は、右(一)の範囲内では、原告が良枝たちを殺害しようとしたとされる具体的行為が明示されているわけではないし、原告が絶壁でアクセルをふかしたことも、せいぜい原告が良枝や義母らを殺害しようとしたという疑いを抱かせるような不自然な行動があったというものに過ぎないといえなくもない。なるほど、本件記事の本文だけを見れば、本件記事は、イギリス滞在中に良枝や義母らが原告に殺されかけたという内容を明示しているものではないが、右本文が右内容を強く暗示していることは明らかである。

(二)  しかも、新聞記事による名誉毀損の成否は一般読者の通常の注意、関心、読み方を基準として、一般読者が当該記事から受ける印象に従って判断すべきものであるところ、本件記事では、右本文のほか、左側の囲み枠の中に掲げられた「私たちは殺されかけた」、中央の上から三段目に掲げられた「欧州逃避行中に車であわや」、冒頭に掲げられた「緊急連載、ロス疑惑、本件突入」「良枝さんの義母告白」の各見出しがいずれも大きく(殊に「私たちは殺されかけた」は大きい。)著しく読者の興味と注意とを引くように記載されている。

もっとも、本件記事中には原告と良枝が寄り添っている姿を写した写真も挿入されているが、本件記事に付された前記各見出しの内容、体裁、表現形式、本件記事の本文の内容、体裁から考えて、一般読者が本件記事を一読するときは、その興味ないしは関心の大部分はまず前記各見出しに集中し、かつ、これによって最も強く印象づけられるものというべく、右各見出しの表現が断定的なものであるだけに、これによって印象づけられた一般読者が本件記事を一読する場合には、本件記事から、原告が家族とともにイギリス滞在中に良枝や義母らを殺そうとしたのではないかとの印象をもつおそれが多分にあるということができる。そして、本件記事の右のような構成からみて、被告の本件記事掲載の動機も右の点を報道しようとするところにあったことも窺うことができる。

殊に、前記認定(三)のとおり、本件記事の掲載当時、原告は前記「ロス疑惑」の渦中にあって社会的関心を集めていたこと、前記認定(二)のとおり、女性セブンは、本件記事をほとんどそのまま引用して、「衝撃、新秘話!三浦和義が良枝さんも『殺そうと誘った』戦慄報道」とその表紙に刷り込むとともに、「良枝さんも殺そうと誘った英国の断崖絶壁の戦慄報道」との見出しのもとに、件外記事を掲載していることを考えると、本件記事に接した読者の中には、原告が家族とともにイギリス滞在中に良枝や義母らを殺そうとしたのではないかとの印象をもった者が少なくなかったであろうことは容易に推認される。

(三)  ところで、前記認定(三)のとおり、本件記事の掲載当時、原告は一美殺人未遂事件では第一審裁判所において有罪判決を受けて控訴中であり、一美殺人事件では強制捜査が開始されたところであり、そのことを前提とした社会的評価のみを享受し得る立場にあったものであるとはいえる。しかし、前述のとおり、本件記事は、原告が右各事件とは別個の殺人未遂事件を犯したとの印象を読者に与えるおそれのある内容であって、その内容からみて、そのような印象を読者に与えることにより、本件記事の掲載当時の原告の社会的評価をさらに低下させたというべきであり、原告の名誉は右の程度で毀損されたと認めるのが相当である。

このように、本件記事は、原告が良枝や義母らを殺そうとしたこと自体を事実として報道したものではなく、原告が良枝や義母らが恐怖心を抱くような出来事を生じさせたことを主題として報道したに過ぎないとしても、前記見出しとの関係で、右のような意味で原告の名誉を侵害したものというべきである。

なお、原告がイギリス滞在中、散弾銃を所持していたとの点については、それ自体直ちに原告の社会的評価を低下させ、その名誉を毀損するものとはいえない。

二  違法性阻却事由の有無

1  本件記事の取材に至る経緯、取材の状況及び取材後、本件記事が掲載されるまでの経緯は、次のとおりである。

すなわち、中野信行は、被告の文化社会部の記者であるが、昭和五九年一月から、当時社会の耳目を集めていた前記「ロス疑惑」の担当記者として、原告としばしば接触するようになり、原告が昭和六〇年一〇月に一美殺人未遂事件で起訴された後も、原告と手紙のやりとりをしたり、原告が収容されていた東京拘置所まで面会に行ったりしていた。しかし、昭和六二年前半以後は、中野の書いた記事の内容が原告の気に入らない部分があったため、疎遠になり、手紙のやりとりも途絶えていた。原告と良枝は、昭和六二年七月ころから離婚訴訟で争っていたので、中野は、離婚訴訟のその後の経緯を聞き出すべく、良枝の住む東京都大田区田園調布のマンションを訪れては取材を申し入れたが、同居している良枝の義母に取材を断られ続けていた。しかし、昭和六三年三月九日、中野が右田園調布のマンションを訪れたところ、たまたま、義母が本件記事の内容にかかる事実を話し始めたので、中野はこれを取材した。しかし、編集長の判断で、直ちに右取材内容を記事にすることは控え、そのまま記事を寝かせておくこととなった。ところが、原告が、同年一〇月二〇日に、「ロス疑惑」の核心事件である一美殺人既遂事件で逮捕されるに至ったので、編集長は、原告に関する連載記事を掲載するのにタイミングがよいと判断して、本件記事の掲載に踏み切った。ところで、右取材をして以後、本件記事を掲載するまでの間、中野は、原告に対して本件記事の内容の真否につき確認をとったことはなく、その他何らの裏付け取材も行ったことはなかった(〈証拠略〉)。

2  そこで、まず本件記事の内容が公共の利害に関する事実であるかを検討する。

公共の利害に関する事実とは、摘示された事実自体の内容、性質に照らし、客観的にみて、当該事実を摘示することが公共の利益に沿うと認められることをいうものであるところ、摘示された事実が既に公訴が提起された犯罪容疑に関するものである場合には、未だ確定していないものであっても、裁判の公開等の要請に鑑み、公共の利害に関する事実に該当すると解される。

しかし、摘示された事実が、公訴を提起されるなどして犯罪容疑を受けている者についてであっても、その私生活上の行状に関するものである場合には、右の摘示が公共の利益に沿うか否かの判断は慎重を要するというべきである。そして、プライバシーの保護の要請等に鑑みると、犯罪容疑者であっても、その私生活上の行状の摘示は、原則として公共の利益に沿うものではないところであるから、公共の利益に沿うことを理由に摘示が許されるのは、一般的には犯罪容疑者の私生活上の行状のうち、犯罪事実に密接に関連する事実に限るものと解するのが相当である(但し、犯罪容疑者の社会的地位、そのたずさわる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などに鑑み、その私生活上の行状を公衆に知らせ、その批判にさらすことが公共の利益増進に役立つと認められる場合には、犯罪容疑者の私生活上の行状のうち、犯罪事実に密接に関連しないものといえども、公共の利害に関する事実であると認められることもあると解される。)。

これを本件についてみるに、前記認定のとおり、原告は、「ロス疑惑」のため、昭和五九年ころからマスコミにより大きく取り上げられるようになり、原告の一挙手一投足が社会の関心を集めていたが、それは「ロス疑惑」がマスコミに大々的に取り上げられたことによるものであって、「ロス疑惑」を離れれば、原告は単なる一介の私人に過ぎず、「ロス疑惑」の事件の性質を考慮に入れても、前述のように、およそ一般的に原告の私生活上の行状を公衆に知らせ、その批判にさらすことによって公共の利益増進に役立つことがあるとまではいえないというべきである。

そして、本件記事の掲載当時、原告は、一美殺人未遂事件につき、東京地方裁判所において有罪判決を受けて控訴中であり、また、本件記事掲載の前日である昭和六三年一〇月二〇日には一美を殺害した容疑により逮捕されていることは前記認定のとおりである。しかし、本件記事は、原告の「ロス疑惑」に関する報道ではなく、「ロス疑惑」後の原告のイギリス滞在中の出来事を扱っているに過ぎず、しかも、その内容からみて、読者に対し、原告がイギリス滞在中に良枝や義母らを殺そうとしたのではないかとの印象をもたせようとしたものではあるものの、未だ発覚していない原告の犯罪容疑に関する事実を告発するというものでもない。

したがって、本件記事の内容にかかる事実が、原告が犯したとされる前記殺人未遂事件及び殺人既遂事件と密接に関連するものとは到底認め難い(被告は、原告がいわゆる社会的知名度があり、実刑判決を受けて逮捕されている以上、本件程度の記事の報道は許されるとも主張するが、以上の説示のとおり、被告の右主張は失当というべきである。)。

そうすると、本件記事が公共の利害に関する事実であるということには多大の疑問があるといわざるを得ない。

3  また、本件記事の掲載目的については、証人中野の証言中には、本件記事の主たる目的は、本件記事掲載以前には低迷していた原告の「ロス疑惑」にマスコミの注目を集め、「ロス疑惑」に関する報道を盛んにすることと、今まで知られていない原告の人となりを、原告と最も身近な家族でさえも、このように思ったり、考えたりするのだということをアピールすることによって、読者に伝えることにあるとの部分がある。しかし、前記内容の本件記事によって原告の「ロス疑惑」に関する報道を盛んにするというのであれば、それは、結局、読者の関心を惹くことを主眼とした興味本位のものといわざるを得ず、そのうちには、原告の人となりを読者に知らせるという目的のあることを全くは否定しえないが、専ら公益を図る目的に出たものであるということには、疑問が残る。

4  さらに、前記認定の本件記事の取材経緯によれば、それまで取材を拒み続けていた義母が自発的に原告のイギリス滞在中の出来事を話し始めたというのであるが、他方、本件記事の取材当時、原告と妻良枝が離婚訴訟で係争中であったことを考えると、イギリス滞在中に原告と行動をともにした義母が本件記事の内容にかかる事実を話したというだけでは、直ちにそれを信用すべき根拠があるとはいえない。その他、(見出しを含む)本件記事の内容が真実であることを認めるに足りる証拠はない。したがって、本件記事の内容が真実であるとの証明はない。

5  そして、前記認定の原告と中野との従前の関係、中野が義母から本件記事の内容にかかる事実を取材した後、本件記事を掲載するまで、六か月余りの余裕があること、中野は原告と音信が途絶えていたにせよ、拘置所にいる原告宛に手紙を出すことは可能であったのに、それもしていないこと、その他、本件記事の内容にかかる事実につき何らの裏付け取材も行っていないことを考えると、中野が義母の話を真実であると信じたことにつき相当の理由があったとは到底いい難く、ひいては、被告において、(見出しを含む)本件記事の内容を真実であると信じたことに相当の理由があるとはいえない。

6  以上によれば、被告による名誉毀損につき違法性阻却事由があるとは認められない。そして被告は、新聞の編集、発行にあたり他人の名誉を不法に毀損することのないように注意を払うべき義務を負っているところ、あえて本件記事を掲載したのであるから、本件記事の掲載は原告の名誉を毀損するものとして不法行為責任を免れない。

三  損害額の算定

原告は、本件記事が掲載されたことによって前記のとおり名誉を毀損されたのであるから、精神的苦痛を被ったものということができ、前記不法行為の態様、右不法行為による原告が受けた名誉毀損の程度、その他本件において認められる諸般の事情を斟酌すると、右の精神的苦痛を慰謝するには金一〇〇万円が相当である。

四  謝罪広告の掲載の要否

原告は、原告の低下した社会的評価の原状回復手段として被告に対し別紙記載の謝罪広告の掲載も求めているが、前記認定の名誉毀損の程度、慰謝料認定額等に鑑み、その必要はないものと認められる。

五  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、金一〇〇万円の支払を求める限度において理由がある(これには、本件記事が掲載された昭和六三年一〇月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を付して支払うことを要する。)。

(裁判長裁判官 淺野正樹 裁判官 升田純 裁判官 鈴木正紀)

別紙〈省略〉

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